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2007年2月 5日 (月)

◆神様と内部統制

 

「日本人としてこれだけは知っておきたいこと」中西輝政著

を読んでいたら、敗戦にまつわる“まやかし”を思い知らされた(@_@)

 

考えてみれば、学校でまともに敗戦以降に関する授業はなく

時々町中で聞こえてきたプロパガンダが頭にノイズとして定着しているだけだ 

論理的に把握できない主張は、ボクにはノイズでしかなかった

 

実は、恥ずかしいことに、憲法についてろくに考えたことがなかった 

そこで、次は「日本国憲法とは何か」八木秀次著を読んだ

...どちらも、PHP新書ということで、近くにあっただけなのかも(^.^)b

 

*

 

敗戦以降のプロパガンダに含まれる様々な“嘘”も大変興味深かったが

それよりも、気になったことがある ...それは、

30年前からボクの頭に住み着いていたある考えを思い出させたことだ

 

ボクは大学の教養部の先生に

“学問には体系がある”“哲学の上に、宗教がある...その下に、...”と言った

今にして思えば他愛のない思いつきだ

 

でも、間違っていないと思うし、今、求められている発想だろう

 

ある種の思想は、銅像を建て、肖像画を貼りたがる

しかし、いつしか銅像は引き倒され、肖像画はある日静かに撤去される

今、天安門広場で跪いて肖像を見上げる人はいるのだろうか?

 

つまり、永遠に誇れるものではなかったと、人々が気づいている

 

*

 

八木先生は、憲法十三条に謳われた個人主義が、バラバラの個人を生んだという

これは、ボクがイメージした“足下に冷たく光るパチンコ玉”とよく似ている

肩寄せ合っているようで、現実には決してそうではない子供たち

 

思うに、

人が、胸を張って生きていくためには大切なことがある

それは、自分を超えた“ひざまずける”何があるか

それがあってこそ、独りよがりを超えた敬虔な気持ちになれる

 

そして、

人を傷つけまい、先祖から託された自分も大切にしようという気持ちが生まれる

今の教育にはこのような発想が欠落している つまり、次元が低い 

 

口先だけで、いくら“人の命を大切にしよう”と言ってもダメだ

...ワーカー先生、分かっているかい?

 

お粗末な我が国憲法は、諸外国でも珍しいという“政教分離”を強制した

そして、それが跪く対象としての“宗教心”までを荒廃させた

 

日本の政治家には誓う“神”も宣誓する対象もない 

つまり、絶対なものに対する帰依は必要とされない、...絶対無責任だ

唯物論という古めかしい言葉が生きている国家とまったく同じだ

 

しかし、日本には固有の文化と天皇を象徴とする長い歴史もある

我々はこの日本という国に生まれた“誇り”を取り戻す必要がある

 

...そのためには、悪しき戦後教育を乗りこえる努力がいる

 

日本国民は教育にもう少し注意深くあるべきだった

確かに、憲法にまで仕掛けがあったとは教師は教えなかったハズだ

ヤラレマシタね

 

***

 

ここで、突然に“内部統制”のこと

 

いよいよ、よくできた会社と普通の会社は内部統制に本腰だ

多少の例外はあるようですが(^.^)b

 

たくさんの本を読み、たくさんの講演を聴き、そして結局は

“具体的にどうしてよいのか、よく分かりませ~ん”(o^―^o)♪ 

というのがフツーの結論のようだ

 

ボクは体力の疲弊したある上場会社に監査人として係わっている 

やはり、“どこまでやったらいいのか分からない( ̄▽ ̄;)”という質問 

 

具体的にやろうとすると、はじめて具体的な質問が飛んでくる

実は、これを待ってました(^O^)/

そこで、リスク・マネジメントの資料(英文とボクの翻訳)を渡し、説明をした

その次に、フローチャートやコントロール・マトリックスを ...

 

腕を組んでいる人には“話”しかできないが、歩き出した人には“杖”を貸せる

 

その中で、

企業が焦点を当てるべきは社会であり、多くの人の期待であり(それが神だ)

それを裏切ることこそが“リスク”になる...と

 

人々の期待水準は常々変化するが

誰もつまらないリスクにまで完全なコントロールを求めてはいない

この常識感覚が大切だ

 

※ 角を矯めて牛を殺してはいけない

 

企業は社会のためにあるのであって、内部統制が目的ではない 

しかし、いい加減な内部統制の企業は信頼されない 

いい加減な会社と思われたら、それこそが“致命的なリスク”となる 

 

まずは、近視眼的なやり方に囚われてはダメだ

ましてや、憲法の背後に隠された労働者の視点だけでは道に迷う

内部統制を考えるにも、より上位の視点が必要だ...“神”と迄は言わないが 

 

この後に及んでも、コスト教から抜け出せない企業は退場すればいい(^-^)/~ 

 

 

先の会社、小規模な会社でもあるので、コンサルなしで

やり遂げられるようにアドバイスしようとボクは思っている... というは

やり方だけを教えられたコンサルに振り回される時間的・コスト的余力はないからだ

 

*

ところで、ボクはフリーのIT系会計士(^-^)

ある時は監査人、ある時はコンサルタント、たまに、税理士(ΘΘ)ρ

...立場の違いはよくよく理解しておりますので誤解のないようにm(_ _)m

<Go-ahead 62>

 

 

 

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